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南ロシアのキスロボツクに生れ、少・青年時代をドン河畔のロストフ市(ロストフ・ナ・ドヌー)でおくったアレクサンドル・イサエビッチ・ソルジェニーツィン(Aleksandr Isaevich Solzhenitsyn) 。ロストフ大学在学中に、モスクワの歴史・哲学・文学大学の通信教育を受けた。1941年6月、独ソ戦の勃発とともに一兵卒として召集され、やがて砲兵学校へ編入された。その課程を修了後、砲兵中隊長に任ぜられ、逮捕されるまで第一線で戦った。45年2月、東プロシアのケーニヒスベルクにおいて砲兵大尉として勤務中、スターリンを批判したことで逮捕された。45年7月、懲役8年の刑を宣告された。
この刑を初めは矯正労働収容所(戯曲『鹿とラーゲリの女』で描いた)でつとめ、その後1946年からは国家保安省(エム・ゲー・ペー)の科学研究所の1つに移され、その特殊収容所(『煉獄のなかで』)で刑期のなかばを過した。さらに50年になって当時新たに創設された政治犯だけの特別収容所へ送られた。カザフスタンのエキバストゥーズ市にあったこの収容所(『イワン・デニーソビッチの一日』)で雑役工、石工、鋳工として働き、刑期満了後、コクテレク(南カザフスタン)へ永久追放という行政処置がとられた。 |
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